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zoom RSS ナンシー関のこと

<<   作成日時 : 2007/04/23 21:33   >>

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 最近もまた,本屋でナンシー関の文庫本を見ました。すでに亡くなって結構たっていますが,それでも新刊が出るというのは,遺稿を掘り起こしては文庫化しているんだろうか。私にとって彼女の文章は,「自分も何か書いてみたい。そうこんな風に」と思わせてくれたものなのです。

 なので,ちょっと特別でもあり,そのナンシー関のものが今も発行されるほど世間の支持を受けている,ということについては嬉しくもあるのですが,しかしそれを手にとってぱらぱら見ると,なんだかちょっと複雑な気持ちになります。彼女の文章はテレビネタが中心であって,その時々の”ネタ”があるわけですが,そのどれもが当然ながらずいぶん古かったりするので。

 いくら古くても,ナンシー関がそれに対して放つ毒舌っぷりは色あせることなくすごい,のではあります。ありますが,しかしそれでも「これ,もう旬じゃないね」と思ってしまうんだよなぁ。彼女のファンである私にしてこうなのだから,普通の人にとってはやっぱり彼女はもう「終わった人」で,その終わりっぷりもテレビ番組が一個終わったね,というのと同じくらいの軽い終わりっぷりなのでしょう。

 本人もまた,それ以上のものを書いている意識などなかったはずだからそれでいいのだけど,勝手に思い入れている身としてはやっぱり残念なんですよね。その鮮度のなさによって,自分が100%のうち80%くらいしか面白がれないでいることも含めて。

 「エンタの神様」で芸人が消費されていくさまを見ていると,ナンシー関はこれを見ずにすんでよかったかもな,などとも思います。テレビが笑いを提供するばかりか,笑いをダメにしようとしている姿なんて,あまり見たくないので。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
わたしが彼女だったら嫌ですね、遺稿をしかも旬のTVネタを中心にって、失礼だとまで思いますが。
y
2007/04/23 23:27
 私もやだなぁ,なんですどっちかというと。死後も覚えてくれる,求めてくれるのはありがたい,とも思うかもしれませんけど,本人はもともと書き捨てられてしまうことを前提で書いていたのじゃないかなと思うので。遺骨を掘り起こされる感じ,というのはちょっと大げさすぎるかもしれませんけど。
ketket
2007/04/24 06:33

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