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zoom RSS 自分を客観視しにくい/目標

<<   作成日時 : 2010/09/09 12:30   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 4

 ハーフマラソン完走しました,というと,ほぼ100%の皆さんが褒めてくれます。すごいじゃないですか,よくやった,努力が実ったんですね,次はフルですね,きっと行けますよ,などなど。ありがたいことでまったくそうなのですが,褒められることにあまり慣れていないので,ありがとうございますと言いつつなんか微妙におろおろする私です。

 いつのころからか忘れましたが,ある日突然,自分が調子に乗って浮かれていることに気づき,それ以来自分がそうならないよう常に心掛けてきた気がします。それをやりすぎてこんな人間になってしまいましたが,ともかく浮かれたくないというか,浮かれて自分の身の丈が分からなくなって,周囲に笑われるようなことにはなりたくない。そんな気持ちが強いです。

 そのため,できるだけ自分を客観視するよう心がけてきているのですが,今ちょっとそこで困ってる。

・マラソンを始めた
・ジムでトレーニングもしている
・ハーフマラソンを完走した
・始める前はぐだぐだの太ったおじさんだった
・今は少しだけぐだぐだのおじさんになった

 これらのことを,私の向かいにいる職場の同僚が成し遂げていたとしたら,私はお世辞だけでなくそれを褒め,すごいなあと思う,と思う。だからこれはすごいことだ,それで間違いない,というのも理解しています。

 しかしなんかなあ……なんていうか,そうだけどそうではない感じがするのです。それは,今回で言うならハーフマラソンの完走に向けて,それを自身の中で確固たる目標として掲げ,そのことを目指してこつこつと努力を続け,そして遂に……!みたいな,カタルシスがなんかないんですよね。受験の時は一応あったんだがな,そういうの。

 ここに至るまで自分が努力をしていない,というわけでもないのです。ただ,今回は直前のトラブルが多くて自分でもあきらめかけていたというところもありますし,また,日々の努力の中でも「絶対完走してやるんだ!」みたいな気合いというものが足らなかった。そのために頑張るんだという気持ちがなかった分,どうもピンとこないのです。

 要するに,努力は全体の中で客観的に評価することができますが,達成感ってのは自分の中で目標に到達する過程をしっかり持てないと得られない。本人以外は努力の実績によって評価しますが,本人の評価には本人の達成感が加味されないと実体を伴わない。そんな感じでしょうか。




 話が変わりますが,そんなわけで,謙遜しているわけではなく,またカッコつけているわけでもなく,そして褒めてもらえることはものすごく嬉しくて,もっと欲しい欲しいなのですが,一方で「いやー,でもまだまだなんですほんと」と言いたい気持ちもある。それは,結局ハーフマラソン完走は「とりあえずの目標」でしかなくて,もっと別に大きな目標を持っているからなのだと思います。

 思います,って,お前の話だろ。とはいえ目標なんてものはある程度頑張れるようになってから考えればいいと思っていたので,実はあまり考えていませんでした。改めて考えてみる。走ることに関して,私の目標はなんだろうか…。

1.ちょっと調子に乗って走るとすぐ膝とかどっか痛くなる。そういう故障
 のない身体を手に入れたい。なんならメーテルの指導のもとによることで
 もかまわない。
2.やっぱりフルマラソンを完走してみたい。それも,必死でがんばって,
 とかではなく,いずれは楽しんで走れるようになればいい。
3.ジムで周辺の人を見ると,自分の体はまだまだ引き締まってないと思う。
 少女マンガに出てくる男の体みたいな,痩せてるけど胸板ばっちりみたい
 になれないだろうか(さすがに現実感ないな)。
4.そんなこんなで,最終的に走る仲間みたいなものも増えて,人みしりの
 私が友達も増えて,モテモテになって,雑誌の裏表紙に出てくるあやしい
 広告の人ばりに,マラソンが人生をバラ色にしてくれたらいいなあ。
5.なんだかんだ言っても,まだ今は走るのが苦しい。しんどい。退屈。
 続いていて偉いと言っても,それはやめて努力がパーになるのが怖いから
 続いているだけ。もっとただただ楽しくて走る,というようになりたい。

 思いつくまま並べて書いてみましたが,4.とかは目標とは言えないな。他のももうすこし現実的じゃないと。で,今思うのは5.の「楽しく走れるようになりたい」なのだなと今改めて思った。楽しく走るためにはどうしたらいいのだろうか。レースに出る,仲間を増やすと言った環境づくりもそうですが,故障におびえなくてもいい身体を作るということでは,1.もそれに含まれるな。何より,走っている最中に退屈せず楽しい気持ちでいる,ためにはどうしたらいいものだろう。

 思えば,走ることの苦痛をやわらげるとか,環境を整えるといった「マイナスをゼロへ持っていく」ところまでのプラスについてはいろいろやっていますが,走ることそのものを楽しめる気持ちの持ちよう,というのはまだ私の中にはないかもしれない。これさえあれば,他の何かはすべて「そのためにやっとくこと」ということで大したものではなくなってしまうような気がします。走ることが楽しいと思えるようになる。どうしたらいいんだろう。催眠術か。ロボトミーか。そういうんじゃなく。


話は変わりますが,ブログの場所を引っ越すかもしれません。そうなってもここも残しはします。

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ご無沙汰です。ほぼ毎日閲覧させて頂いてますが、、、
Ketさんのもどかしさ、というか居心地の悪さ(?)が判る様な気がします。

私もketさんに対して、他の人と同様に「凄いですね〜。ハーフで2時間なんて信じられません」とか思ってしまう一般平民ですが、ketさんからすると「イヤイヤそんなマジメに準備した訳じゃないけど、な〜んか走れちゃった」(的外れならゴメンナサン)と言いたいけど、それを言うとイヤミに聞こえるし余裕ブリたくないんで、もどかしいのかなぁ、と。

私も、とある競技のために色々努力してる"つもり"なんですが、中々結果が出ずモチベーション下がり気味で、更に同じチームで全然練習していないヤツ(ketさんじゃないよ)が試合で難なく勝てるのを見ると余計に凹みます。

結局、勝敗やタイムは目標にはなり易く、客観的な指標だとは思うのですが、全てではないのかなぁ、と思うのです。
ketさん目標5.のように、過程を楽しむ事ができるかがポイントなんですが、自分を客観視することは非常に難しいですね。
鈴木@仕事中
2010/09/09 13:24
ご無沙汰しております。
 鈴木さんのコメントを読みつつ,「あっ,長々と書いたけどこれだ」ということに気づいたのですが,要するに自分の中に本気で頑張る感が足らなかったため,結果だけでは走れたと言っても何か拍子抜けの感じになってしまったのでしょうね。10キロのときは,走る前に自分はこれだけのことやった,とわくわくしてスタートしたのでした。そういうのがなかった。
 また,これまでの練習やジムトレーニングが「いやいや」だったことも考えてしまいました。頼まれてもいないことをなんでいやいややってんだ,と。そうでなく,それ自体を楽しめるようになる,というのが今一番欲しい目標かもしれません。

 ところで,2時間ちょいは頑張った,と思ってますが,一方レースの間は片っ端から追い抜かれっぱなしでした。本気の人たち,ハンパないっす。
ketket
2010/09/09 16:03
確かに「頑張った感を得る」事と「過程を楽しむ」事の両立はホント難しいです。私の場合、ランニングはあくまでトレーニングの一環なので、出来るだけ気持ち良く(second wind?)走れるかがポイントかなぁ、と。
ただ「頑張った感」を得たつもりの競技で試合に勝てず、モチベーションの持ち方が難しいですね。
鈴木@残業中
2010/09/09 18:16
私も偉そうなこと言ってますが,結局今日は練習サボって帰ってしまいました。モチベーションを維持するってのはほんとに難しいです。やっぱ催眠術でもいいのでやる気いっぱいになれないものですかね。
ketket
2010/09/09 22:29

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