アクセスカウンタ

プロフィール

ブログ名
invisible-runner
ブログ紹介
help リーダーに追加 RSS

iPhoneっていいもんですかね。

2009/11/08 00:29
 というのも,先日山登りに行ったんですよ。遠くの山なので車で。iPod,いつもはストラップで首にかけているのですが,車移動なので取り外して車載キットにつけて家に帰る時は胸ポケットに入れて,という。

 山登りについてはまた書きますが,ひどい目にあった。汗だく泥だらけで,とにかく帰って洗濯したら,なんかiPod nano
16Gが,すごくピカピカにきれいになってるんです。そしてうんともすんとも言わなくなってるんです。ボタンをどう押しても,画面が真っ暗なままで,その時気づいたんです。ああ水没しちゃったんだ,って。

 幸いうちには1stのiPod2GBが残っているので,今はそれを使ってます。まあ,音楽ないと死んじゃうわけじゃないのでこれでいいんじゃないのと思ってるんですが,本当は自分の持っている曲データをすべて,手軽に持ち運べるというのはやっぱり嬉しいので,今のはつなぎとしてやっぱりちゃんとしたのを買いたいな,と思ってます。

 そこで,「そういや今の携帯電話もなんなら換えていいんだよなあ」ということになってきました。私,携帯電話も首からぶら下げているんですが,毎朝携帯を首にかけ,その後iPodを首にかけながら「わしゃ犬か,どんだけ首輪かけるんだ」と思っている。iPhoneにしてしまえば,これらが1つに収まるじゃないか。そして,イカすのではないか。イカす,というのがカッコ悪くてどうもなぁと思ってましたが,今や合理的な選択肢に見えてきたのも事実です。

 今の通勤電車には,なんかiPhone使ってる人が多い。みんなそんなに何をやってんだろと思ってますが,新聞読んでる人がいたのはちょっとうらやましかった。あの画面なら確かにそれもできるし,使い道はいろいろとあるのだろうなあ。あと操作しにくそうだけどそれも慣れればいけるんだろうなあ。あんなにユーザ多いんだもの。

 気になるのは値段。本体価格よりランニングコストはどのくらいになるのだろう。そもそも私携帯電話使わないんですよね。「○時ごろ帰ります」という1行メールを送るくらいしか普段使っていません。通話や長文メールなどの「いざという時」は月に2回くらいじゃなかろうか。iPhone,私にとっては高額なパケットがネックなのです。ネット,そんなにも使うもんなのだろうか。私の通勤,電車片道25分です。25分の間に,どうしてもネットで何かしなきゃならないことって,私ないんですけど。家でも職場でもネット環境は十分すぎるほど整っているし,そんなに出張とかしないので出先で重宝するとかいったこともない。私としては,単に「iPodのくっついた携帯電話」がほしいんですけど,そういうのだめですかね。ニーズないものなのかな。

 で,料金プランなど見てみたのですが,んー,さっぱりわからんな。「パソコンはダメだけどケータイならチョーくわしい」という人が結構いますが,こういう複雑怪奇な料金プランからどうしたら自分にぴったりな選択ができるのか。どうしてそんな難しいことが分かるのにパソコン分かんないのかが,こっちにしてみたら分かんない。ホワイトプランとやらがあってその気になればブルーとかオレンジもあって,パケット定額のなんかがあり,月月割で・・・なーコレ!イライラして契約と同時にiPhoneたたき壊しそうだ。番号交換のやつもなんかよう分からんし,どうしたものだろうか。

 ちょうどうちの近所にauとsoftbankのお店が並んでるので,なんか聞いてこようと思います。うっかり変えちゃうかもな。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


大人になるとつまらなくなる

2009/11/01 15:44
 twitterで子供の時の本のことをあれこれ考えた後,奥さんとその話になりました。奥さんは絵本とか児童文学が好きで,でも独身OLが『百万回いきたねこ』を珍重するようなのではない,かなり本気の人だったりします。あちこちの町内会で読み聞かせだのブックトークだのもやるくらい。

 そんな人なので,私が言う絵本や児童文学のことをほとんど知っていてすごい。先に出した寺村輝夫はもちろん,ズッコケ三人組,マガーク少年探偵団,それにもう記憶があやふやな,小学館(だったと思う)の○○入門シリーズのことまで。子供のころあんなに読んだのに,すでに忘れてしまっていた記憶の箱が次々に開けられていく。

『ふんどし校長』
『しあわせになったけちんぼばあさん』
『クワガタクワジ物語』
『おばけどーなつ』
『ふとんかいすいよく』
『からすのパンやさん』
『茂吉のねこ』
『モチモチの木』
『ふとんの怪談』
『ふんふんなんだかいいにおい』(課題図書だったので有名)
『はしのうえのおおかみ』

 きりがないですが,どんどんよみがえってきてうわーうわーとなっていたのです。で,翌日帰宅してみたら,最初の話に出てきた寺村輝夫の『おばけのはなし』『吉四六さん』があるじゃないですか。図書館で借りてきてくれていた。

 さらに奥さんがすごいのはいくつかの本を「持ってる」という。ブックオフなどに寄ると絵本とかのコーナーに行き,ちょいちょい買いあさっているらしいのです。また,絵本は絶版にならないのか,結構子供のころの絵本がそのまんまのこっているのだそうです。そのなかから『おだんごぱん』という絵本が登場しました。

 『おだんごぱん』,私好きだったんだよなぁ。ロシアの民話かなんかの絵本で,粉をかすって作り上げたパンがころころ逃げ出して,食べようとするいろんな動物からも逃げていくけど,最後キツネに騙されて食べられてしまいましたとさ,というだけの話です。話そのものは「あ,はぁ…」という感想になってしまいますが,この絵のパンがとにかくうまそうだった。まるくて,白くてふうわりしてて,少し粉がふいてる感じで。うまそうだ,ああうまそうだと思ったものです。

 で,実際にその絵本見てみたら,あれ,なんかあれほどうまそうじゃないな。思ったより茶色いし,絵もなんつうか,上手,ではない。おっかしいなあ。子供のころはもっと美味しそうだったのに。

 そして,寺村輝夫の吉四六さん。とんちで痛快に相手をやりこめる吉四六さんが面白くて,何度も何度も読んだ。36になった今読み返してみると…とんちには違いないけど,やってることはどっちかというと普通の人をだまくらかしてオイシイ思いをしましたよ,というような話が結構多い。あれー吉四六さん,なんか悪い人なんじゃないのかね。

------------------------------------
 街へ行くという人に吉四六さん,うしのはなむけ(鼻輪)を買ってきてくれ,たくさん頼むと依頼をする。はなむけなんて簡単に作れるので,頼まれた人は街のあちこちで聞いたが売ってなどいなかった。その後しばらくして吉四六さん,自分で大量にこさえたはなむけを持って街へ。さんざ「はなむけはないか」と聞かれた街の商人たちは,はなむけの需要が大変になってると見越していたので,吉四六さんの売り込むはなむけを争って買い付けた。吉四六さん大儲け。
------------------------------------

 どう,これ。痛快?読んでて楽しい??…今で言ったら,インサイダー取引みたいなもんじゃないのかこれ。しかもかなり悪質な。読んでて眉をひそめてしまいました。



 子供のころあんなに熱中して読んでいた本が,今読むとそれほど面白くない。それは,本が変わったのでなく私の感じ方が変わったので,大人になることと引き換えに感受性みたいなものを失っていった結果なのだろう,と思います。しかし,私はこれを友人と争ってむさぼり読んでいたのか。これだって抱腹絶倒だったのか。子供のころの面白がり方というのは,もう思い出して追体験することはできないものなのかな。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


私はアホやったんかな

2009/10/28 09:19
 某所で,子供に読ませたい絵本(こうして書くとなんか主婦のコミュニティみたいですが)みたいな話があって,とても興味深い。私も混ぜてほしくて,子供のころ自分が読んでいた本のことなど考えていました。

 私は今でも親に感謝するあれこれのことの一つとして,本を読む子にしてくれた,というのがあります。まあ,今読んでねぇすけど。お小遣いもほとんどくれず,マンガも基本禁止だった代わりに,本については「一冊読んだらご褒美にもう一冊買ってあげる」ということで,よく本屋に連れて行ってもらった。図書館にも最初は母親が連れて行ってくれて,静寂が広がる大人の空間に,もうそれだけでヤラレたことを思い出します。

 小学校での図書室が解禁になったのは確か小学3年か4年だった。もう図書室がどんな感じだったかも忘れてしまいましたが,窓際東側の書棚の一角。そこには「寺村輝夫」の子供向けのおはなし本がいくつかあって,それが大人気でした。休み時間の来るたびに返却されていないかを見に行き,あったらとにかく借りて読む。運よく借りれた子がクラスで自慢するほどの人気っぷりでした。

 もちろん私も何度も読んだ。「おばけのはなし」「吉四六さん」などなど,ユーモラスな挿絵と,すいすいと読みやすい話の面白さに吸い込まれるようでした。本はあっという間にぼろぼろになり,そのほかの本たちと比べて一目瞭然というくらい。

 そういう話を姉にしたところ,姉が『ぼくは王さま』のことを教えてくれた。なかなか借りられないことにやきもきしていたこともあって,いつもの書架とは違う,廊下側のちょっと薄暗い書架を初めてうろうろする。見つけたそれは,「おばけのはなし」に比べるとどうも字が多くてうーんと思ったのですが王さまはたまごやきがだいすきで,王さまなのに宿題があって,だいじんに怒られながら生活しているという面白さに,これまた心をがっちりつかまれたものです。

 こうしたいわゆる児童文学というか,子供向けの本ではなく,小説とかをちゃんと読み始めたのは小学校5,6年ごろからでしょうか。母親が偕成社の出していた小説シリーズ(赤い本)をそろえていたので,そこから何冊か。『路傍の石』とか,大人ぶりたくて苦労して読んだことしか記憶にないな。鉄橋にぶら下がってたか。『次郎物語』とか。子供向けに要約された『三国志』も。そして少年探偵シリーズ。マガーク少年探偵団も読んだ。それらも面白かったですが,今小学生では何がよかったか,と聞かれたら,やっぱり最初に出てくるのは寺村輝夫なのです。

 絵本や児童文学に詳しい奥さんに言わせると,寺村輝夫を知らない人はいない,のりピー知らなくても寺村輝夫は知っておけくらいの有名人らしく。こないだ亡くなられたことは私も知ってましたが,たいそうな方のようです。児童文学の良しあしというのは私にはよく分からない(子供の嗜好が決める世界と思うので)ですが,確かに,小3とか4の子供が,あれほど熱狂的に本に群がることってなかったと思う。

 本を読む楽しさの第一は,続きが気になって仕方がない,早く先を読みたくなる,あの周りが見えなくなるほどぐいぐい引き込まれる感じだと思うのです。今本を読まないのは,たぶん私の感受性だとか集中力みたいなものが低下して,何を読んでもそうやって引き込まれなくなったからだと思いますが,子供の時にはまずあの引き込まれる感じを持ってほしい。ま,私子供いないんすけど。

 そんなようなことを思い返しつつ,今でも売ってるのかなと寺村輝夫で調べたら,『おばけのはなし』とかちゃんと出ていて安心。それと同時に,表紙を見てちょっと唖然。こんなにゆるい感じの本だったか。そう思っていたけど予想以上に,なんていうか,これは,小学校2年生くらい向けの本のように見える。小4でこれを読み漁っていた子供の頃の私,もしかしてアホの子やったんやろか。

 ・・・ま,なんというか,おすすめです。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


希望とはなんだろう

2009/10/25 10:23
 CBSドキュメントを見る。レイプが横行しているアフリカ・コンゴのレポート。単なるレイプではない。兵士が集団で村を襲い,他の村人を並ばせた前で女性をかわるがわるレイプするという。レイプそのものの苦痛以上に,村全体が社会として破壊される。コンゴの司法はほぼ崩壊しており,殺人もレイプも起訴されることさえまれ。刑務所は看守が追い出され,単に犯罪者の住まいのようになっている。難民キャンプ内でさえレイプが横行している。

 登場した女性は娘や弟の前で6人にレイプされ,さらに弟に自分の姉をレイプするよう強要した。拒んだ弟は目の前で殺され,自分は娘を置いて8ヶ月間連れ去られ,ひたすら奴隷としてレイプされた。逃げ出したが,村にようやく戻ってみると夫は逃げ出していた。ふがいないのではない。夫もまた精神的にレイプされたのだ。家族を何も守れないことをレイプで見せ付けられ,そこにいられなくなってしまった。そして彼女は弟を殺した男の子を妊娠していた。

 そんな彼女は,生まれた子供に希望を意味する名前をつけ,避難キャンプで将来商売を始めるための勉強を始めているという。


 もう,「想像を絶する」という言葉が手軽に思い浮かんでしまった,自分の想像力のなさにまでショックを受けるくらい。月並みだけど,同じ人間でどうしてそんなことになるのだろう。そして,こんなにも過酷な,もう人間としての自意識を保つことさえもうできないほどの苦痛を受けた人が,それによって生まれた子供に希望を見るとは,どういうことなのだろう。なんていう強さ。いや,強いとかなんとかいうものとは別のことなのだろうか。

 私はそんなことに比べたら,ずいぶんと大丈夫な国にいて,大丈夫な状態にあって大丈夫な生活をできている。ありがたいことだと思うけど,あの女性が持っていた希望のようなものを,自分は持っているのだろうかとどうも考えてしまいます。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


今の自分に対する不思議

2009/10/24 09:32
 今でも時々,自分はこうか?と思うことがあります。自分の家にいて,ほーっと落ち着いたときとか,仕事が終わって駅のホームについてやれやれ,というときなど。

 子供のころ,自分は何になりたかっただろう。野球選手やパイロットは周りにいましたが,私はそこまで夢を見ることはなく,「電気関係のこと」をしたいとぼんやり思ってました。父親がそっちの仕事をしていて,触れる機会が多く,機械いじりをしている父親はカッコよく,また機械がカッコよく,そして楽しそうだったからです。

 しかし,なんとなくそうでもない方向の高校へ進学し,大学へ行き,なんとなく就職し,なんとなく結婚してなんとなく今の生活に流れてきています。なんとなくと言いつつ,それなりに頑張ったこともあったような気もするし,だめだったような気もするけれど,それはともかく,子供の頃の自分は,今のようになっている自分を想像しただろうか。

 あの頃はぼんやりと,自分もいずれサラリーマンになるのだろうか,とか,結婚ってするもんなんだろうなとか思ってました。今,一応そういう形になっていますが,それでも不思議に思うことが多い。まさか関東に在住することになるとは思わなった。子供のころ,茨城県がどこにあるかなんて考えたこともなかったのに,なぜか私はそこに根をおろしている。

 マンションを買いました。自分が結構なお金をためて家を買う。ローンとかしたりする。そういうことって,子供のころには意味がよく分からなかった。お年玉でたまにもらえる1万円札。これが何千枚になる買い物。それを自分がしているということ。今住んでいる場所は親が住まわせてくれる場所ではなく,自分が手に入れた場所。

 普通,マイホームを手に入れただとか,そういうことってもっと達成感とか充足感があるものかなと思うのですが,どうも私の場合はそうでもない。もっと「やったった」「ついに俺も手に入れた」みたいな,少年漫画の主人公みたいなセリフが頭に浮かんでいいものだと思うのだけど,実際に浮かぶのは「これは本当に自分のしたことなのだろうか」という不思議な気分です。なぜだろう。

 人間って自分の思うようにやっているつもりでも,長い目で見るとほんと予想もつかないことやってるなあ。なんで私,関東で就職して生活してるんだろ。食わなきゃならないから就職するだろうくらいは分かるけど,なんで私,各務原で自転車乗ってたのに,今は関東で仕事帰りの電車を待つような暮らしになってるの?なんで今,こんなところでパソコンが家にあってキーボードたたいているの?なんで自分の思うこと文章にして表に放り出したりしているの?子供のころ,そんな風になるなんて思ってもなかったやん。ふっしぎー。

 これ,私が変ですかね。皆さん,今この時間にその場所に自分がいて,こんな生活をしてこんなことをしている,っていうことについて,あったりまえだ,と思えるもんですか。よーく突き詰めて考えてみると,やっぱ不思議な気持ちになりませんか?
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


どうもそこまで没入できない

2009/10/20 20:18
 ふと思ったのですが,私は小学校高学年から中学,高校にかけての多感な時期に,いわゆる「アイドル」にほとんど関心を示していませんでした。友達が南野陽子がかわいいとか言ったり,おニャン子の誰がどうしたとか言ってるときに私が考えていたのは,ヘヴィメタルのCDのことと,あーなんだったら死んでもいいみたいなことでした。

 ずっぽり中二病を患っていたことを否定するつもりはないです。いや,今もかかっていると思う。それはともかく,今も職場で,「ketさん好みの芸能人って誰です」みたいなことを聞かれたときに,どうしたらいいか分かりません。

 「好みじゃない」ほうなら分かります。世間ではもてはやされているようだけど,あの顔がかわいいと言われても私には分からんとか,神田うのをつけ上がらせるような人は逮捕すべきだとか。しかし,芸能人で女性タレントなりアイドルなりって,基本的にかわいいか美人だからそうなってるじゃないですか。だったらそん中で誰でもいいし,こっちから上から目線で「こっちよりはこっちかな」とか言うのも変だよな,と思ったりして。それ以上を考えると面倒くさいので,いつも聞かれた時は無難に「仲間由紀恵はかわいいですよね。なんつうかパーフェクトって感じで」とか言ってます。だいたい誰でも「ふーん」という反応。普通すぎてつまんないらしい。

 要は私にとって,アイドルとかなんかっていうのは「所詮遠い世界の人」であり「一生会うこともない人」に決まってるので,目の前にありもしないそれのことをあれこれイメージするのがなんか恥ずかしいしピンとこないのです。アイドルと自分がデートしている光景を,リアルにイメージしろと言われてもどうも分からない。そして,決して手に入らないもののことについて,ほとんど本気でどうだこうだと言いあうというのはやっぱり恥ずかしい,と思うのです。

 なので,オタク(に限定ではもはやないと思う)の人たちの行うコスプレとか,アニメキャラをアイドル的にランキングするような行動とかは,私には分かりそうでやっぱり分からない。あそこはガンダーラのようにどこまで行っても着地点がないように思える。コスプレをすればするほど,なりきろうとするそのキャラからは遠ざかっていくのではないか,余計「あれは架空」ということを実感することになりはしないのか,というような。

 実際に日本のどこかで生きているアイドルより,さらに「所詮遠い世界の人」じゃないですか,アニメのキャラって。美少女からの抱き枕をぎゅーっとして,「やっぱこれ布だわ」って思わないものなのかな。それは子供の私が「アイドルのポスターにキスしたってインクの味しかしないだろ」と思っていたのと同じことで,さらに私にとってはよりハードルが高くなった状態なわけで。だって,もうそれ人工物だもの。

 ほんとは,「話せるオタク」の人に,いろいろとお話を伺ってみたい。私の推察なんかとは全然違うアプローチでもって,それは成立するんだ,という理由を聞きたい。だが残念ながら,私の周囲にいるそっち方面の人は絶対数が少ないうえに,完全にそっちに行っちゃってるんで冷静な説明が望めない人か,逆に冷静すぎて「オタクのことは他人にどう説明しても無駄」と思ってる人しかいなさそうでどうも。

 なんというか,すごいよ,世の中の人たちって。私のようなちっちゃい人間には計り知れないことばかりだ。
記事へ面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 1


月島でもんじゃ焼

2009/10/18 18:46
続き。といっても,さっき書き上げたものをうっかり消してしまったのでなんかもうやる気でないよ・・・。

 晴海ふ頭のちい散歩体験から脱出し,バスで月島へ。月島,私にはもんじゃと下町の路地の町ということで入力されているのですが,同行した下町在住の女性(葛飾区かどっか)によると,「同じ下町でも,自分のいるところと微妙に街並みの雰囲気が違う,面白い」のだそうです。なんか「知っている人の玄人コメント」に感心。私みたいにたまにしか東京に来ない人間にとっては,そこまでの違いはわからないです。が,下町の路地っていいよね。自分が過ごした時代よりちょい前くらいの,「知らないのに懐かしい」感じがあって。短パンランニングの子供が走ってそうだ。

 しかし,そんな下町風の路地より,今は高層マンションのほうが目立つ印象も受けました。何階あるのか数えるのもうんざりするくらいの高いマンションがどかんどかんと建っていて,その下は下町色のない,レンガ舗装の商店街になっていて,その通り一帯がもんじゃ焼の店だらけ。ここだけ通ると,もうぜんぜん別の世界のようです。それでも,その通りから一歩入るとところどころに小さい路地が残っていて,そこはまたそこで別世界のような感じ。高層マンションの下に路地って面白いな。

 そんな散策をしつつ,目的のもんじゃ焼きの店へ。経験者のすすめにより「麦」という店に行きました。有名人のサインもたくさんあったので有名な店なのだろうと思います。私はもんじゃ焼,見たことはあったが食べるのは初体験です。昔奥さんとお好み焼きの店に行った時奥さんがもんじゃにしていた。完成に近づくにつれ,ビジュアルが“元食べ物”のほうへ近づいていく様子に,「鉄板で広げていいけど,こっちのお好み焼きにくっつかないようにして」と冗談で言ったりしたものでした。

 店員さんが決してうざくない感じに作り方のアドバイスなどをしてくれる。テレビなどだとこだわりの人がいてめんどくさそうでしたが,作り方自体は簡単そうです。具を炒めてー土手作ってー汁いれてー決壊させて出来上がり。相変わらずビジュアル的にはアレなんですがいい匂い。

 先の下町出身女性は「子供のころは駄菓子屋に100円もんじゃとかあってよく食べてた」と話しながら,慣れた手つきでちっちゃいこてでもんじゃを食べていってます。こてでかするようにもんじゃを取って,そのまま鉄板にぎゅーっと押しつけて食べていた。真似してもなかなかうまくいかん。鉄板も熱いのに,彼女は指先が鉄板すれすれになるまでぺったりもんじゃを押しつけていました。

 もんじゃ焼,美味しいですね。ビジュアル面を吹っ飛ばすほどいい匂いがしてたのでそりゃうまいだろうとは思ってましたけど。ちょっとずつ食べるのがまた,ビールに最高じゃないですか。店に入る前に歩き回ってのどが渇いていたのもあり,ビールがすいすい消えてなくなった。

 私の中にある江戸っ子的なせりふの中に「こまけぇこたぁいいんだよ!」というのがあるのですが,もんじゃ焼ってそんな感じするな。焼き方の手順なんてやってるけど,最終的にはぐっちゃぐちゃにしちゃうもの。ソースとか味はついているから,仕上げに何か,とかもないし。お好み焼きの「ころ合いを見てひっくり返す」「ソースを塗り,鰹節と青のり,マヨネーズ」という作業のことを考えると,ほんとめんどくさいことを全部先に放り込んでおきました,という感じがしました。めんどくさがりの私にはむしろいいかもしれんな,これは。まあ,別に家でやるとかしないけど。

 まあ,美味しかったし面白かった。またそのうちどっか行こう。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


続きを見る

トップへ

月別リンク

ザ・タイピング・オブ・ザ・デッド2
invisible-runner/BIGLOBEウェブリブログ